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名古屋高等裁判所 昭和33年(ラ)432号 判決

被告人 松井春子

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金壱万五千円に処する。

右罰金を完納することのできないときは金参百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大友要助の差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対して次のとおり判断する。

控訴趣意第一点(事実誤認)について。

案ずるに、児童福祉法第三四条第一項第六号にいわゆる児童に淫行をさせる行為というのは、必ずしも児童に対し積極的に淫行を勧めまたは強制したりする行為やあるいは淫行をするための場所や設備を供与する行為などのようないわゆる作為的行為のみを指称するのではなく、児童の使用者で現にこれを監護すべき地位にある者が、利得の意図をもつて、その児童が自発的に淫行することの情を知りながら、あえてこれを阻止せず暗黙のうちに認容する態度のような、いわゆる不作為的行為をも指称するものと解すべきところ、原判決挙示の証拠を総合し、これと原判示事実を対比して考察するに、原審は右説示後段の場合にあたる事例の趣旨で、原判示事実を認定したものであることを肯認することができる。すなわち、右証拠によれば、所論のように被告人が児童たる判示T子に対し、積極的に売淫を勧めまたは強制したり、あるいは淫行をするための場所や設備を供与するなどの作為的行為をした事実はこれを認めることはできないが、芸者置屋を営む被告人において十八万円の前貸しをして抱えた芸者T子が自発的に外泊売淫することの情を知りながら、その売淫の対価たる収益について歩合による利得をする意図のもとに、あえてこれを阻止せずして黙認する不作為的態度をとり、よつて同女をして判示淫行をなさしめた事実を認めるに十分である。そして記録を精査し、原審で取り調べたすべての証拠を検討しても、原判決の事実認定に、誤認を疑わしめるような点はもちろん、経験則違反の点も存在しない。所論はけつきよく、独自の見解をもつて、原審が適法にした事実認定および証拠の取捨、判断を非難するに帰する。ゆえに本論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当)について。

記録および原審で取り調べた証拠に現われた、本件犯罪の動機、態様は著しく児童福祉法の精神をじゆうりんするものであるが、他方、判示T子が被告人方にくらがえする以前すでに売淫の経験をもつていたこと、被告人に前科のないこと、同人の経歴、家庭状態その他所論の情状を考慮にいれると、原審が被告人に対し懲役刑を科した量刑の措置はやや重きにすぎ、罰金刑を科するのが相当と認められる。本論旨は理由がある。

よつて本件控訴はその理由があるので、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所においてさらに判決する。

原判決の認定事実を法律に照すと、被告人の判示所為は、児童福祉法第六〇条第一項、第三四条第一項第六号に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額範囲内で被告人を罰金一五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することのできないときは同法第一八条第一項により、金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 坂本収二 裁判官 水島亀松)

別紙(原審の児童福祉法違反事件の判決)

主文

被告人を懲役三月に処する。

但しこの判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

被告人は肩書住居で芸妓置屋「得月」を経営している者であるが、芸妓として雇入れた児童T子(昭和十五年九月十日生)をして昭和三十年十月十六日から昭和三十二年五月九日までの間に津島市金町二十一番地料理屋さん金こと佐藤信之方外二ヶ所に於て約二十回にわたり遊客を相手に対価を得て淫行させたものである。

右の判示事実は

一、T子の当公判廷における供述

二、T子の検察官検事に対する昭和三十二年八月一日附供述調書

三、荒川多津乃の司法巡査に対する供述調書

四、佐藤信之の司法巡査に対する第一乃至第三回供述調書

五、庄司清の司法巡査に対する供述調書

六、庄司清の検察官検事に対する供述調書

七、林一郎の司法巡査に対する供述調書

八、被告人の検察官検事に対する第一、二回供述調書

九、被告人の司法警察員警部補に対する第一、二回供述調書

一〇、T子の戸籍抄本

一一、領置にかかる花山帳(証第一乃至四)の存在

を綜合してこれを認める。

法律に照すと被告人の判示所為は児童福祉法第三十四条第一項第六号、第六十条第一項第三項に該当するところ所定刑中懲役刑を選択することとし所定刑期の範囲内に於て被告人を懲役三月に処し情状刑の執行を猶予するを相当と認めて刑法第二十五条第一項第一号に則りこの判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。弁護人は被告人は児童に淫行させたことはないと主張しているが泊りの線香代を折半している以上児童の淫行によつて利益を得ていることであるから、たとえ線香代を折半することが津島市の慣行であるにしても児童福祉法に云う児童に淫行させたものに該当すると約するを相当と思料するので弁護人の右の主張は採用し得ない。

よつて主文のとおり判決する。

(昭和三三年三月二六日 名古屋家庭裁判所 裁判官 知念績政)

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